もしあなたがオリジナルな音楽を作っている人なら、自分で作った楽曲をきっと誰かに聴いてもらいたくなるのは当然でしょう。その楽曲を誰かに聞いてもらう方法として、世の中には大きく2つの方法があります。ひとつは誰かがやっているレコード会社やレーベルへ自分のデモを送ってリリースの契約をする方法。もう一つは自分でレーベルを作って、世界中のどこかにいるであろう、その楽曲を気に入ってくれる誰かを見つけて届ける方法の2つです。
最近では、FacebookやTwitterなどのSNSの普及でミュージシャンとファンとの距離が縮まり、直接コミュニケーションでき、口コミがされやすい環境があります。また、テクノロジーの発達で自分の曲をファンへ届けるのに、昔ほど手間やコストがかからなくなっています。こうした時代の移り変わりのなかで、ミュージシャンは必ずしも誰かが運営するレコード会社やレーベルと契約せずとも、自分1人の力で、世界中のどこかにいるであろう、あなたの音楽を気に入ってくれる誰かを見つけて、直接届けることができるようになってきています。
今回は、そんな1人で頑張ろうとしているミュージシャンのために、どのような手段で世界中の人へ届けると良いかと言うことについて書きます。
ミュージシャンのビジネスモデルとは
ミュージシャンのビジネスモデル(売上や利益を生み出す仕組み)はどんなものでしょうか。ミュージシャンのビジネスモデルを上図に表してみました。なお、わかりやすくするためにかなりシンプルにしてあります。もしあなたが金銭的対価に興味がなかったり、ボランティアで音楽をやろうと思っていたりする場合は、ここを読み飛ばしても良いでしょう。
ミュージシャンが対価を得る方法は大きく3つあります。
- 楽曲を作ることです。楽曲は録音してCDやレコードなどの物にする方法と、デジタルデータをダウンロードやストリーミング配信にしてファンへ届ける方法の2つがあります。
- 作られた楽曲をライブ演奏することです。ライブ演奏も実際にファンを会場に集める方法と、インターネットを通じてオンラインで配信する方法の2つがあります。
- 最後は物販で、ミュージシャン自身、楽曲や演奏に関わるものを商品化することです。例えば、楽曲を譜面にするとか、ライブ演奏の録画映像をDVDにするとかなどです。
この他、上図には書かれていませんが、楽曲が映画に使用されるとか、ミュージシャン自身がドラマに出演するとかなどの方法もあります。
多くのファンへ楽曲を届ける方法
前述のミュージシャンのビジネスモデルの項目では、楽曲をCDやレコードなど物にする方法(フィジカル)とデジタルデータをダウンロードやストリーミング配信(デジタル)にする方法の2つがあると書きました。ここではより具体的にファンへどのように楽曲を届けられるかについて書きます。
CDやレコードなどフィジカルにする場合は、まずそれぞれのメディアに合わせたマスタリングが必要になります。マスタリングが済んだら、CDやレコードならプレス工場で生産をします。実際に物ができあがるとあなたの楽曲を販売してくれる店舗へ届けられ店頭へ並びます。そしてファンはようやくあなたの楽曲を手にとることができます。
ここで、もしあなたがレコード会社へ所属していないのならば、工場での生産や各店舗などへの物流の手配は、すべて自分で行わなければなりません。もしあなたにCDやレコードなどのメディアにあったマスタリング技術がなければ、その道のプロへ依頼するといったことも行う必要があります。また、あなたの音楽を広く聴いてもらいたいと望むなら、自分の足で楽曲を置いてくれる店舗をみつけるよりも、店舗を束ねた流通網を持っているディストリビューターと契約する方が早いでしょう。ディストリビューターとの契約には、あなたの楽曲がどれくらい売れるのかや、今後どれくらいリリースする計画があるかなど、厳しい目でみられるので覚悟が必要です。
フィジカルのメリットはその物がファンの手元にあるということが一番強く、デジタルに比べてファンとの絆を強固なものにしてくれます。また、1つあたりの価格がデジタルと比べて高いので、売れた時の実入りのインパクトが大きいです。デメリットとしては、物を作るためにある程度初期投資が必要になるので、元手が少ない場合にはどんなに良い楽曲ができたとしても、ファンへ届けられる数に制限がでてきます。また、売れなかった場合に在庫を抱えるというリスクもあります。最悪自分の部屋が在庫でいっぱいになってしまうというようなこともあります。この他、昨今スマホの普及でCDは手軽に聴きにくいという面があります。もちろんそれが良いと言う人もいますが、レコードに至ってはさらに聞き手に手間がかかります。
一方、ダウンロードやストリーミング配信などのデジタルの場合、気軽に聴ける分、フィジカルとは反対にファンとの絆が希薄になりやすく、SNSなどを利用してファンとコミュニケーションを取る必要があります。しかし、実入りのインパクトは小さいですが利益率は高く、デジタルで完結するので、物を作るための初期投資や物流網が不要です。売れ残って在庫で部屋がいっぱいになる心配もありません。
さて、ここまで読んであなたは駆け出しのミュージシャンが取るべき手段はどちらだと思いますか?私は断然デジタル配信をオススメします。その理由は初期投資額も小さくできますし、リスクを低く始めることができるからです。なんなら思い立って始めた結果、もし失敗しても失うものはほとんどありません。ここで悩んでいるなら、今すぐ始めた方が良いでしょう。成功してからでもフィジカルに挑戦するのは遅くありません。
デジタル配信サービスの検討
ただ単にあなたが自分の楽曲を聴いて欲しいだけであれば、YouTubeやSoundcloudなどのサービスを使って楽曲を簡単に配信してインターネット上で聴いてもらえるでしょう。その際、あなたが決めた最高のレーベル名でアカウントを作れば、あなたにとって唯一無二のレーベルが爆誕します。
しかしミュージシャンならば、丹精込めて作った楽曲をApple MusicやSpotifyなどのメジャーなサービスで聴けるようにしたいと誰しも一度は思うでしょう。前述の方法では対価を一銭も得ることができませんが、後述の方法なら対価を得ることができます。また、このハードルは近年だいぶ下がったと思います。
フィジカルの流通に関してディストリビューターを利用しますが、デジタルの場合はそれに似たデジタルディストリビューター(アグリゲーター)を利用します。デジタルディストリビューターとはApple MusicやSpotifyなどの数あるダウンロードやストリーミング配信サービスへ、あなたの楽曲が聴けるように一手に手続きを引き受けてくれる業者のことを言います。特にメジャーなサービスでは、一介のミュージシャンが配信するために窓口を開いてくれませんし、沢山のサービスへそれぞれ配信の登録を行う作業は、自分の足で楽曲を置いてくれる店舗を探すことと同様に非常に骨が折れます。
ではどのようにデジタルディストリビューターを見つければ良いのでしょうか。これにはいくつかのポイントがあります。まずは、以下のポイントについてあなたがどう考えているか明確してください。
- デジタル配信のサービスであなたが外せないと考えるサービスはどこか
- デジタル配信する際に、あなたはどれくらいの費用を許容できるか
上記のポイントを念頭に、これから紹介する沢山のデジタルディストリビューターの中から、あなたに合うものを見つけてください。下図はロサンゼルスのミュージシャンで実業家のAri Herstand氏のサイトにある17のデジタルディストリビューターの一覧です。非常によくまとめられています。この記事は2018年に書かれたものですが、2020年5月にも更新されているようですし、この表に追加するべき特筆するような新興のサービスはないので、ここから見つけて問題ないでしょう。
オススメのサービス
こんなに沢山のサービスをいっぺにに紹介されても、比較項目も多いし決めにくいですよね?まずは、前述したポイントを考慮しつつ、私が選ぶ観点を以下に挙げます。
- 楽曲の配信にかかる費用が低いか
- 過去の楽曲に対して費用が発生しないか
- Beatportに配信されるか
- YoutubeやSoundcloudでのマネタイズ(再生されたらお金がはいる)されるか
上記を加味してオススメするサービスは以下の順になります。自分にあったデジタルディストリビューターを見つけたら、早速登録してみましょう。
1. SYMPHONIC
私も利用しているのですが、前述のポイントや観点からみて全てを満たしていると思います。配信先も多いですし、かかるコストが低いです。その代わり売上の15%がサービスに徴収されます。また、私が作る音楽のジャンル的にBeatportが外せなかったので、このサービスを利用しています。
2. AWAL
前項のSYMPHONICと大きく差はないと思います。あるとすれば、Beatportへの配信に一手間いるというところ以外はほぼ同等かと思います。
3. amuse
Spotifyと同じスウェーデンにある新興のサービスです。ここも、Beatportへの配信は一手間いるので、AWALに近いと考えて良いと思います。ちょっと特徴的なのがそのビジネスモデル。このサービスへ登録して売れっ子になると、このサービスがあなたをもっとプロモーションしてくれます。ただしその売上の数%はサービスが徴収するというモデル。なので売れるまではほとんどコストがかかりません。
私が何故こんな良い所を利用しなかったのかと言うと、それはこのサービスのビジネスモデルにあります。私は自分の考えに合う人たちと一緒にレーベルをやりたかったからです。このサービスを使うと、レーベルという形態は許容されないのです。レーベルという形態にとらわれない人にはオススメです。
4. TuneCore
1〜3までは全て英語のサイトです。もしあなたが英語が苦手なら、日本語が使えるtunecoreを使うのが良いでしょう。ただしコスト面では少々お金がかかります。そしてBeatportには配信されません。
デジタル配信ができたらするべきこと
あなたの楽曲が晴れてデジタルディストリビューターへ登録が完了したら、おちおちしている暇はありません。次にすぐするべきことがあります。以下に順をおって、1. 事前準備、2. プロモーション、3. 結果の確認と説明します。
1. 事前準備
- アーティストやレーベルのSNSアカウントを開設
- 各サービスのアーティス申請
- スマートリンクの作成
あなたの楽曲がリリースされる前に、上記にあげた内容をやっておくと良いでしょう。場合によっては開設に時間がかかるものもあるので、先行してできるものから早めに手をつけておくと良いでしょう。既に持っている人も多いと思いますが、ファンとの接点を持つために、この時代においてはTwitter、Instagram、Soundcloud、YouTubeなどのSNSアカウント開設は必須と言えます。YouTubeはクリエーター向けの機能があるので、YouTube Studioも使えるようにしておきましょう。プロフィールは大抵フォローする場合にみる場所なのでしっかり内容を考えて入れることをオススメします。
SNSのアカウントの準備ができたら、次は各サービスのアーティス申請をしましょう。あなたの楽曲がSpotify、Apple MusicやAmazon Musicなどで配信されると、いつどの地域でどれくらい聴かれたかのかなどのデータを確認できるようになります。また、Spotifyはアーティストページを自分で編集したり、リリースされる楽曲のうちどれを推すか設定できたりなど、ファンとコミュニケーションできる機能があります。
スマートリンクは次に説明するプロモーションをする際にとても役に立ちます。例えば誰かにあなたのリリースを伝える際、伝えられる側の人がどこの音楽サービスを主に利用しているかわかりません。しかし、あなたの楽曲が聴ける主要なそれぞれのサービスへのリンクがまとめられているページがあったら便利ですよね?伝えられる側の人は、そのページから自分が主に利用するサービスのリンクを探して聴くことができます。
2. プロモーション
- ミュージシャン仲間へ連絡
- SNSでの告知
- Playlistへの掲載依頼
- メディア掲載依頼
あなたの楽曲がリリースされたら、まずは身近な友だちやミュージシャン仲間にリリースしたことを伝えましょう。場合によってはその仲間が、他の誰かに薦めてくれる可能性だってありますし、もし気に入ってくれたらリミックスをしたいと申し出てくれるかもしれません。
先ほど準備したSNSアカウントでファンへリリースされたことを告知しましょう。先ほどのスマートリンクを活用するのも当然ですが、主要なサービスをリンク付きで一つずつ投稿すると聴かれる可能性が少し上がります。SNSの使い方次第ではたくさんの人に聴いてもらえる可能性があります。他の人がどうやっているか見て研究するのもいいでしょう。
Spotifyには自分でPlaylistを作る機能があります。そして、このPlaylistは公開されていれば、誰もがお気に入りに登録でき、お気に入りを継続していれば更新された内容も聴き続けるられます。2020年4月末時点で約2億8600万の月間利用者がいるSpotifyでは、人気のあるPlaylistに入ると沢山聴かれることがわかっています。最近ではこのPlaylistを利用するサービスがでてきているので、あなたの楽曲と近い人気のPlaylistに登録してもらわない手はないでしょう。代表的なところでいうと、SubmitHubやPlaylist Pushなどが有名です。SubmitHubに至っては無料の枠で利用することができます。自分の楽曲を紹介してもらうことについては、この記事(英語)がPlaylist以外についても色々書かれていて参考になると思います。
大小関わらず音楽メディアに掲載されるかどうかは記者やメディアの判断に依りますが、あなたが普段ふれているメディアなどに掲載してもらえるように連絡をとりましょう。「私の楽曲なんて取り上げてもらえない」なんて考えていませんか?そう考えるよりも手を動かしてメディアの目に留まるPRをした方が良いでしょう。メディアは、あなたのような人から毎日沢山の連絡をもらっています。新規性があったり多くの人が見たいものを取り上げようとしているので、目にとまらなかったPRのことなどほとんど覚えていません。プレスリリースの書き方などを参考にして、どうしたら目に留めてもらうか考えて連絡をすると掲載される可能性がグッと上がります。
3. 結果の確認
これまでのあなたの努力がどうなったか数字をみて確認しましょう。ここで一番大事なのは大きな利益を得ることではありません。あなたの楽曲がどれくらい聴かれたかということです。CDやレコードだって買って1度も聴かれなければ、きっとその次は買ってもらえないでしょう。一人1回聴いてもらうよりも、10回、100回と多く聴いてもらえることを目指しましょう。聴いてもらえるということは、あなたとファンとの絆を強くしていきます。絆を増やして行けば、必然的に聴かれる回数は増えていきます。
前述の事前準備で紹介した内容は全て数字で確認できます。例えばSNSのTwitterであれば、あなたの1投稿がどれくらい見られて、そこからどれくらいリンクが押されたかわかります。もし押されていなければ当然その先にあるあなたの楽曲は聴かれないということになります。聴かれるということを終着地点にして、どこからどのように聴かれたのか分析ができると、次に何をすれば良いか見えてきます。
Spotify for Artistsでは地理的にどこで沢山聴かれているか確認することができます。もしあなたの楽曲が他の国よりもロシアで多く聴かれていたとしたら、なぜ多く聴かれたのか突き止めましょう。もしそれが特定のPlaylistだった場合は、あなたが行った掲載依頼は効果があったと言えます。それを元に今度はもっとロシアで聴いてもらえそうなPlaylistやメディアにアプローチをすれば、あなたの楽曲はより聴いてもらえるし、局所的なヒットを起こせるかもしれません。
また、Apple Music for Artistsでは、Shazamという今流れている楽曲を瞬時に教えてくれるスマートフォンのアプリで、あなたの楽曲が表示された回数を教えてくれます。もしこの回数が増えたとしたら、それはラジオやクラブのDJなどがあなたの楽曲をかけて、聴衆者がShazamで調べたということです。もしあなたの楽曲があまり聴いてもらえていないのであれば、そういった玄人や耳の肥えた人へアプローチする方がいいのかもしれません。
このように、あなたの努力がより報われるように、その結果を元に次にどうすればより良い結果になるかを考え、そしてそれを実行に移すというサイクルを回していきましょう。続けて行くうちに必ず結果はついてくると思います。
最後に
ここまでお読みいただきありがとうございます。ここまで約7500字。スマートフォンが全盛の昨今では、この文字量を読むのは疲れるかもしれません笑 これでもだいぶ削ったつもりです。もっと詳細に書くこともできたと思います。ひとまず一個人でレーベルを始めるために必要と考えることを、自分の経験なども含めて流れがを把握してもらえるように書きました。
これはどういうこと?ここはどうしたらいいの?それは間違っている!など、ご質問やご意見がありましたら、コチラやTwitterで受け付けていますので気軽に声をかけてみてください。少しでもあなたの音楽が、世界中のどこかにいる、あなたの音楽を求めている誰かに届くことを願っています。
Photo by Duncan Kidd on Unsplash