アナログをデジタル配信で再リリースした話



※プレイリストを再生しながらこの記事を読むと、より一層面白みが増します笑

今からさかのぼること約16年前の2002年、ぼくにとって人生で初めてのアナログレコード「Hsart EP」がリリースされました。

日本はちょうど第1次小泉政権下で、リクルートが作ったと言われる造語の「就職氷河期」真っ只中。アメリカでは、2001年9月11日に同時多発テロが起こり、ドットコムバブルは弾けていてGoogleやAmazonといった今では大きな発展を遂げた一部のベンチャーが生き残った時代でした。

その頃のぼくはちょうど学生で、俗に言うロスジェネ世代。この不況への反感、未来への杞憂から、A面のRotten Zipanguという曲が生まれました。

ダンスミュージックを作る以前は、Aphex Twin、Plaidや、Autechreなど、いわゆるIDM(インテリジェント・ダンス・ミュージック)に傾倒していまいた。DOELというゲリラ的に代々木公園など野外でサウンドシステムを出してパーティーを行う集団への参加を通じて、徐々に現在の方向へ変わっていきました。動機は純粋に、遊びに来てくれる人を「踊らせたい」というものでした。

ちょうどこの頃のテクノシーンはエレクトロ・ディスコが流行っていて、石野卓球氏とDJ TASAKA氏がレジデントDJのLOOPAというイベントに、興味のある外国人ゲストを目当てに今は亡き新宿リキッドルーム(現:新宿FACE)へ足繁く通っていました。今振り返ると、こういったシーンの影響もかなり大きかったと思います。

リリースが決まってから1年以上も待った

左:船便で送ったため届くのにかなり時間がかかったアナログ輸送用ダンボール
右:初めて届いたホワイトレーベルのプロモ版

最初のアナログがリリースされるまでの道のりは、意外と遠いものでした。キッカケは、リリースから約1年くらい前の2001年のこと。
Savas Pascalidis率いるLasergunという自動車産業で栄えるドイツはシュトゥットガルトにあるレーベルにデモを送ったことから始まります。

当時はまだSoundCloudもなく、Yamahaのドライブで丁寧に1倍速で焼いたCD-Rを国際郵便でデモ音源として送り、内容が良ければ添えた手紙に書かれたメールアドレスへ連絡がもらえるという、今考えると非常に手間と時間のかかる作業でした。

そして、彼からDisco Nightsという曲が気に入ったと連絡をもらい交流がスタート。リリースする前提で、他の曲をどうするかなどをやりとりしてしていました。

一方、そうこうしている間に、友達を通じてコネクションのあったZombie Nationがレーベルを新たに始めるからデモを募集しているというので送ったところ、こちらからもDisco Nightsが良いと連絡をもらうことができました。

最終的には契約条件のよかった Zombie Nationが始めたDekathlon(10種競技という意味)というレーベルと契約を結びました。契約書は英語だったので、友達に翻訳を助けてもらいましたが、契約書特有な文章に苦労した記憶があります。
レーベルオーナーのFlorianと話し合いを重ね、いくつか出揃った曲から選考した結果、A1にRotten Zipangu、B1にFoolish Dance、 B2にDotismの3曲をリリースすることに決まりました。結局、リリースのキッカケを作ってくれたDisco Nightsはリリースに至らなかったのは残念です。

恐らくリリースすることが決まったのは一番始めだったと思います。しかし、その他のアーティストが先に出るなどの調整があったため、日の目をみたのは2002年11月でした。マスター音源も早々に送ってしまい、あとはリリースするだけだったので、はやる気持ちを抑えられずにいました。
いま思えば、名も知れない日本人がいきなりデビューして売れるわけが無いので、レーベルが軌道に乗ってからリリースするように配慮してくれたのだと思います。おかげさまと言うべきなのかわかりませんが、聞いた話によると世界で約1500枚くらい売れた(初回にしてはまぁまぁ売れた方らしい)そうです。

また、このリリースは副産物として貴重な出会いも与えてくれました。もしこのリリースがなければ、明和電機の工員を経て今やロンドンでデザイナーとして活躍するスズキユウリくんや、Tokyo Decadanceのオーガナイザーでフランス人のアドリアンとは出会わなかっただろうなと、特に思います。

どんな機材で作っていた?

発振が安定していてまだまだ現役なKORG MS-10。ずっとMS-50を買い足すか悩んでいる

今ではDAW(Digital Audio Workstationの略)なんて言ったりしますが、当時は独Steinberg社のCubaseがちょうどハードディスクレコーディングの仕組みを取り入れ始めて、ようやくスペックが高くないMacでもサウンドカードを積んでいれば録音してMac上で作業ができるようになってきた頃でした。Fruity Loops(FL Studio)がまだ無料の頃です。
使用機材はお金が無かったのもありますが、結構少ない方だと思います。

使用機材リスト

  • PC : Apple Power mac G4 + Stealth Serial Port
  • Soft : Steinberg Cubase VST 4.0
  • Midi I/O : OPCODE Studio4
  • Audio I/O : EGO-SYS Waveterminal 2496
  • Midi-CV/GATE : KENTON Pro 2
  • Synth : Roland JP-8080
  • Synth : KORG MS-10
  • Synth : KORG EX-800
  • Sampler : AKAI S3000XL
  • MTR : Roland VS-880
  • Mixer : MACKIE 1402 VLZ

エフェクター類は、 Steinbergが提唱したVST(Virtual Studio Technology の略)規格のプラグインがたくさん出始めていたので、音の加工で困ることはあまりありませんでした。akira rabelaisが作った不思議なソフトやsoundhackで提供されていたプラグインなんかは好んで使っていた記憶があります。当時、Zombie NationがKernkraft 400で使用していたShermanのFilterbankは値段が高く、とても買うことができなかったので、Rotten Zipanguのベース音にはFrohmageというフィルターのプラグインを使っています。

基本的に、ベース音はMS-10で作り、パッドやリードなどのウワモノはJP-8080、リズムはサンプリングで作る傾向が強かったと思います。 Foolish Danceのテルミンっぽいウワモノの音はMS-10でポルタメントを長めにしたもので、ベース音もMS-10で作られています。Dotismのベース音はJP-8080で、頭から8分のリズムで入っているシンセ音はEX-800を使っていたと思います。EX-800はPOLY-800のラック版で、出音はアナログなのですがインターフェースがデジタルなパネルになっているおかげで、無骨な音が作りやすい印象のシンセです。

それから機材リストに記載したVS-880、実はMTRとして使っていません。Rotten Zipanguに入っている女性の声、あれはぼくの声をVS-880に内臓されていたVoice Transformer系のエフェクトで女性の声に変化させたものです。あの声がぼくの声だと分かったら、急に気持ち悪く聴こえだす人がいるかもしれません笑

今後の展望とリミキサーの募集

CODONA4番のデジタル配信用カバージャケット
作:Yusuke Shigetaくん

このHsart EPは、現代のテクノロジーを駆使したマスタリングが施され、16年の時を経てCODONAからリリースします。今回のリリースに際して、ディストリビューターとの契約も新たに交わしたので、Apple MusicSpotifyなどのストリーミング配信はもちろん、BeatportTrackItDownなどのダウンロード販売など、これまで以上に見つけやすくなっていると思います(配信リストはコチラ)。

次のリリースは、まだどうするか決めていませんが、Dekathlonから出したぼくの2枚目のHologramized Memoriesのリマスタリング版か、いくつか作りためているストックの中からリリースしたいとおぼろげに考えています。もちろん広くデモも募集していますので、腕に覚えがある方やレーベルの雰囲気に共感してくださる方のご連絡をお待ちしております。

また、今回のリマスタリングにあたって、Power Mac G4を久しぶりに起動して各トラックをパラで出力したのですが、せっかくパラにしたので、リミックスを公募してCODONAからリリースする企画も面白そうだなと考えています。誰かリミックスしてみたい人はいませんか?笑ご連絡はコチラから