国内だけで戦わない — アーティストのための「分散」という生存戦略


音楽で生きていこうとする人に、私が一番伝えたいことがあります。それは「グローバルニッチを目指してほしい」ということです。日本という国は、世界的に見てまあまあ音楽市場が大きい方ではありますが、国内でパイを取り合うのではなく、世界の中の小さな一角でいいから、確かに届く場所を持つ。そのほうが、長く続けられる可能性が高いと考えています。

実は、似たことを8年前にもこのブログに書きました(ミュージシャンが今後生き抜くために必要なものとは?)。当時の私は「これからのミュージシャンに必要なのは、強い外貨を獲得するスキルだ」と言い切っています。方向そのものは間違っていなかったと今でも思っていますが、読み返すと論拠がかなり薄い。今回は、その薄さを自分で埋め直したいと思います。


8年前の自分の、どこが弱かったか

当時の私の論拠は、ざっくり言えば「日銀の金融緩和の出口に失敗したら、最悪ハイパーインフレで円が紙くずになるかもしれない。だから外貨を稼げ」というものでした。

ここには弱点が二つあります。

一つは、ハイパーインフレという極端な一つのシナリオに賭けすぎていたこと。起きてほしくないし、確率も決して高くない出来事を、論の主軸にしてしまっていました。

もう一つは、「外貨を稼ぐ(収入)」話と「外貨建ての資産を持つ(保有)」話を、ごちゃ混ぜにしていたこと。この二つは本来、別の話です。今回は、ここをちゃんと分けて考え直します。

先に結論を言います

私はいま、「稼ぐ」も「持つ」も、円と国内だけに賭けないようにした方が良いと考えています。

収入は、できるだけ国内市場だけに依存しない。資産は、円だけで持たず、たとえばドル建ての資産やゴールド、そして当面の生活費としての円に分散して持つ。

ここでいちばん大事なのは、「ドルやゴールドが正解だ」ということではありません。「日本円という一つのものに、自分の全部を預けてしまわない」——これがこの記事のコアです。私がドルを持つのは、そのための一つの例にすぎません。

なぜ円だけに預けない方がいいのか。ここからが、8年前に書けなかった「後ろ盾」の部分です。

未来は、四つのマス目で考えられる

将来の経済環境は、難しく考えなくても、二つの軸でおおまかに四つに分けられます。物価が上がるか下がるか(インフレ/デフレ)。そして円が世界のなかで相対的に安くなるか高くなるか(円安/円高)。この掛け合わせで、四つのマス目ができます。

それぞれのマスで、私のポートフォリオを例に「ドル建て資産やゴールドを厚めに持つ」という戦略がどう振る舞うかを見ると、こうなります。

  • ① インフレ+円安:強い。ドル建て資産やゴールドの円換算が膨らみます。
  • ② デフレ+円安:強い。やはり資産側に追い風です。
  • ③ デフレ+円高:中くらい。資産は目減りしますが、円預金の価値が上がるので、生活費を円で持っていれば部分的に守れます。
  • ④ インフレ+円高:弱い。ドル資産が目減りしつつ、国内の物価は上がるという挟み撃ちです。

四つのうち三つで耐えられて、はっきり負けるのは④の「インフレ+円高」だけ。いわば3勝1敗です。

しかも、その唯一の負けパターン(④)は、起きにくいと私は考えています。理由は二つ。日本は政府の借金が大きく、日銀が金利を大きく上げると利払いの負担が一気に重くなるため、思い切った利上げ(=円高の要因)がしにくい。もう一つは、次の話に関わります。

「有事の円買い」は、もう終わったのか

もう少しだけ踏み込みます。これは記事の主役ではなく、さっきの「④が起きにくい」をもう一段裏づける、補足の話です。

昔は、世界のどこかで危機が起きると「とりあえず円を買っておけば安全」とされ、円が買われました。だから「インフレ+円高」も、現実に起こり得ました。

でも近年、この「有事の円買い」は明らかに弱まっています。背景には、日本が以前のような安定した貿易黒字の国ではなくなりつつあること、そして世界の中央銀行が、準備資産の一部をどの国の借金でもないゴールドに振り向ける動きを強めていることがあります。

ここから私が立てている仮説は、こうです。かつて危機のときに円が買われたのは、円が「ドルの代わりの安全資産」として機能していたから。でもいま起きているのは、ドルそのものへの信頼が相対的に下がる動きで、その逃げ先は、別の国の通貨(円)ではなく、通貨という仕組みの外にあるゴールドになりつつある——。

もしこれが本当なら、④を最後に支えていた「有事の円買い」も消えます。そしてゴールドを持つ意味は、単なる円安対策にとどまりません。かつて円が担っていた「ドルの代わり」という役割を、これからはゴールドや仮想通貨が引き継ぐ。その席を取りに行く、という意味を持ってきます。

仮想通貨からゴールドへ降りた、もう一つの理由

8年前の私は、「外貨でなく仮想通貨でもいいかもしれない」とも書いていました。今はそこから降りています。理由の半分は今のゴールドの流れですが、もう半分は、もっと地味な「税金」の話です。

これは日本に限った話なのですが、現在、仮想通貨で得た利益は「雑所得」として扱われ、給与などと合算して課税されます。所得が大きいほど税率が上がり、住民税まで含めると最大で約55%に達することもあります。一方、株式や投資信託のような金融商品の利益は、だいたい2割ほどの税率(申告分離課税)で済みます。この差はかなり大きい。だから私は、税制上も有利で、かつ「通貨の外の受け皿」というトレンドにも乗っているゴールドのほうが合理的だと判断しました。

ただし、2026年度の税制改正で、仮想通貨も将来的に金融商品と同じような分離課税へ移行する方向が示されました。すぐにではなく施行は数年先と見られていますし、対象も限られそうですが、もし実現すれば、私が降りた理由の半分(税率差)は小さくなります。

つまり「税金が理由なら、税金が変われば判断も変わり得る」。これもまた、一つの賭けなのです。

だから、分散する

ここまで「ドル資産とゴールドが有利だ」という話をしてきましたが、私が一番言いたいのは、むしろその逆です。

これは全部、賭けです。「有事の円買いは終わった」という仮説も、まだ本物の世界的な危機を一度もくぐっていない、サンプルの浅い見立てにすぎません。ゴールドも無条件に安全なわけではなく、実質的な金利が急に上がる局面では売られます。

だから私は、ゴールドにもドル資産にも、そして円にも、一本には賭けないでしょう。ゴールド・ドル建て資産・円の生活費を、分けて持つ。分散はリターンを最大化しませんが、どのマス目が来ても致命傷を避けるための保険になります。相場が当たるかどうかより、「外れたときにどう生き残るか」を先に設計しておく。これが、8年かけて私がたどり着いた結論です。

グローバルニッチは、「稼ぐ側」の分散だ

さて、ここでようやく最初の話に戻ります。

ここまでは「持つ側(資産)」の分散の話でした。でも同じ考え方は、「稼ぐ側(収入)」にもそのまま使えます。

日本の国内市場だけで音楽の収入を立てるのは、これからますます難しくなると思います。人口は減り、市場は薄くなる方向です。一方で、世界に目を向ければ、あなたの音楽を必要とする人は、国内よりずっと多くいるはずです。たとえニッチなジャンルでも、世界というスケールで見れば、十分に成り立つだけの裾野があります。

そして、海外のリスナーやプラットフォームから外貨で収入を得られるようになることは、それ自体が「円だけに依存しない」という、収入面での分散になります。資産で円から逃げる前に、稼ぎの段階で世界に足場を作っておく。これが、一番上流にある分散だと思うのです。

後ろ盾を、残しておきたい

私自身は、2002年に海外のレーベルからデビューし、グローバルニッチな立ち位置を一度は手にしました。でも、それをうまく育てきれませんでした。だからこそ、これから世界に出ていこうとする人を応援したいし、そのための「後ろ盾になる考え方」を、こうして自分のドメインに残しておきたいのです。

海外に出る人が増えれば、後に続く人の裾野が広がります。裾野が広がれば、文化そのものが大きくなる。私が一人でできることは小さいけれど、こうして書いて残すことならできます。8年前の薄い記事への、ささやかな補足として、ここに置いておきます。


※この記事は私個人の考え方を記録したものであり、特定の投資や金融商品を勧めるものではありません。税制を含む制度は変わりますし、投資の判断は必ずご自身の責任で、必要に応じて専門家にご相談ください。

Who is writing?

エレクトロニックミュージックのウィークエンドミュージシャン。音楽レーベルCODONA主宰。W2X名義でChiptuneも作ります。 生業は300万会員の写真を扱うベンチャーの事業成長が任務。 興味は音楽、映像、バイオ、マーケ、ゲーム、金融。フォローお気軽に!ご依頼などはサイトの「相談する」からご連絡ください。
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